| プロダクションノート by 張藝謀/チャン・イーモウ |
| 時代背景について |
短命に終わった後唐(923-936)は、前唐(618-907)と明らかな対比を成している。後唐は堕落と戦争と政治的混乱の時代である。長きにわたり唐王朝は地域の安定と繁栄と平和の黄金期を享受したが、後期の唐について記録されているのは、王室の謀略と悪政、かつては求心力のあった国力の失墜、半世紀にわたる分裂と戦争、北部に進攻するモンゴルや西部に進攻するトルコに対するぜい弱さでしかない(この映画で観客が最初にジェイ王子を見るのは、北部辺境でモンゴルと戦っていた彼が戦地から戻ってきた場面だ)。地方長官や国境の軍隊長は土地を略奪し、中国をバラバラに分けた。後唐の13年間はいわゆる中国の分裂期「五代十国時代」(907-960)の一部とみなされている。
この映画で、王と王妃は架空の人物だが、王は権力を掌握した軍人とみてよい。最初の妻と結婚したとき、彼は単にひとりの隊長に過ぎなかった。王妃は別の領地の王の娘で、彼女と結婚することで王は強力な同盟関係を得た。映画の後半で描かれる、儀式に対する王のかたくなな強要は、いわば偽善行為である。彼は唐朝の栄光の日々を夢見ているが、実は後から権力を強奪した者なのだ。
重陽節(ちょうようせつ)は中国古来の記念日であり、現在も楽しい祭日として続いている。重九(九が重なる日)、つまり9月9日である。陰陽の伝統では、九という数字は陽のエネルギーと男らしさを示す。重陽節は家族そろって食事をし、祖先と年長者に敬意をあらわすほか、山へハイキングに行ったり高い場所(この映画でいえば菊花台がそれにあたる)へ上って自然に感謝し、邪気を払うための祝日なのだ。この日はまた菊の花、菊花酒、菊の菓子とセットになっている。漢方医学では、菊は解毒と邪気払いに用いられる。9番目の月の9番目の日に山に登り、菊花酒で厄除けをするのは、かつてそうやって災いを逃れた村人の伝説をルーツとする象徴的な儀式である。
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| セットについて |
本作は主に北京、横店、天坑の三地で撮影された。横店の撮影スタジオにあった故宮の建物は同規模で建てかえられ、唐の王朝が眼前に現れた。門から窓、600本の柱に至るまですべてに菊花の彫刻がほどこされ、それを金色に塗り、さらに花の部分に色とりどりの瑠璃をあしらうとライトに映えて金色と極彩色の光がきらめきを放った。王宮の床には特製の絹織物の絨毯が敷かれ、その長さは延べ1キロメートル。上面だけでなく両面に花の刺繍が入った、比類なき美しさと皇室らしい気品をそなえた絨毯である。王宮作りには300人近い職人を総動員し、日に夜を継いで全行程に5カ月間を要した。いずれ劣らぬ人力と資金が本物の王宮を作るために費やされた。
撮影にあたっては真摯に準備を重ね、制作は綿密に進められた。監督は宮廷内外のディテールにこだわり、内部はすみずみまで金が貼られ、外部も同様に贅沢豪奢な作りとなっている。外壁にはすべて満開の菊花が彫刻されており、その長さは延べ600メートル超。一幅の巨大な壁画さながらである。宮門から菊花台大殿へと至る屋外の長廊には宮廷内と同じく絹の絨毯が500メートル超にもわたって敷かれた。沿道にはきらきらと透き通るような灯り皿を600以上置き、その1つひとつの模様が職人の手彫りによる。また、本作のスケールに合わせてスタッフは300万以上の菊花を注文し、13万平方尺を超える(サッカーコート25面分。※1尺は約1/3メートル)の宮庭エリアを菊で埋め尽くし、王宮全体を黄金の花の海に変えた。こうして唐朝の盛世ぶりが再現された。
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| 衣装について |
「龍袍」と「鳳袍」はそれぞれ値百万
絢爛豪華かつ気品あるセットと同様、俳優たちの衣装も目もくらむようなまぶしさである。すべての衣装デザインを手がけたのは、ベテランのイー・チョンマン。その精緻なデザインと選び抜かれた素材によって、唐朝本来の美麗な服飾品がスクリーンを飾った。3,000着以上の特製の衣装が用意され、価格は総額1,000万元を超える。特にメインキャストの衣装はいずれも皇室らしい高貴さをたたえているが、最も豪快さを感じさせるのは当然ながら大王を演じたチョウ・ユンファのそれである。
チョウ・ユンファ国王のために、7着の異なる衣装が特注された。その中で最も人目を引くのが龍袍と黄金の甲冑だ。龍袍は80人余の職人が1カ月以上かけて昼夜を問わず縫製したもので、龍の模様を刺繍職人が一針一針手縫いし、18金の金片をまんべんなく打ち込み、全身が金糸で縫い合わせてある。この龍袍だけでも125万元をかけた。全重量は40キロ。成人男子の体重の約半分に相当する重さだが、さすがチョウ・ユンファは堂に入った着こなしを見せている。
黄金の甲冑は作品を代表する衣装といえる。全体の金属に金めっきをほどこし、兜も含めると全重量は50キロ。龍袍以上に重いため、チョウ・ユンファは撮影の3時間前に現場入りし、7~8人がかりで着付けを行った。まさに本物の皇帝なみの手間をかけたのである。
ちなみに、龍袍はたいへん高価なので、毎日撮影が終わるとスタッフは細心の注意をはらってそれを特製の金庫に納めた。そして翌日再び撮影前に取り出すまで交代で専門の見張りがついた。また、龍袍本体が皺にならないよう、スタッフはもう1つ7フィート (1フィートは約30.5センチ)の高さの金庫も特注。いかに並々ならぬ扱いであったかが分かるだろう。
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| コン・リーを真の皇后にした鳳袍 |
コン・リーの着用した鳳袍も龍袍に負けず、上から下まで18金づくしである。鳳の模様は、刺繍職人が昼夜を問わず2カ月をかけて一針一針手縫いで仕上げた。重量も龍袍と同じく40キロあり、スタッフは毎回数人がかりでコン・リーに着せた。また、皇后のかぶる鳳冠は大王の皇冠以上の重さがあった。
しかしながら、美を愛するのは女性の天性である。コン・リーは言う。「鳳袍はとても重く、チョウ・ユンファの龍袍と同じだけの重量があって、着るのはひどく骨が折れました。しかも中に5〜6枚を重ね着して、そのすべてに花の刺繍がたっぷり入っているんです。鳳冠は、あまりの重さに首が痛くなったほど。でも本当に綺麗な衣装ばかりで、着ないではいられませんでした。デザインがすばらしく、初めて見たときは目を丸くしました。今までの映画でも、このような衣装は着たことはありませんでした。1つひとつのデザインがちがっていて、しかもすべて美しい。どのヘアスタイルもメイクもアクセサリーも特別製。そんな衣装を身に着けて鏡を見たら、自分が本物の皇后で、すごい大物になったような気分でした」
観客はきっと、劇中のふたりのファッションだけでも目で追いきれないかもしれない。
鳳袍は別として、コン・リーが劇中で着る衣装はどれもセクシーで艶っぽく、彼女の堂々として華やかな気品を強調し、しかも優美でハッとするようなボディを引き立たせる。ただしそのセクシーさ、美しさは、スタッフや俳優の苦労の上に成立したものといえよう。衣装デザインを担当したイー・チョンマンは語る。「もともと、皇后の衣装は唐朝の壁画にもとづいてデザインしました。でも監督は、もうちょっと変化を持たせたいと。そこでフランスの宮廷ファッションを取り入れることにしました。もっと大胆な、この映画の皇后と宮廷女官の衣装のようにセクシーなデザインにね」
彼はこんなエピソードも明かした。「最初、コン・リーは衣装に手こずっていたのです。実にセクシーで、しかもすごい重量で40キロもある鳳袍を初めて着たときは、顔じゅう汗だくになって、アシスタントがひっきりなしにその汗をぬぐっていました。ところが撮影が始まった途端、それまでの苦しくてやりにくそうな表情は完全に消えました。カメラの前と後ろとではまるで別人でした。劇中の彼女は何でもないような顔をしています。軽々と、自然に。でも実際は衣装の着付けをするだけで、もう大汗をかいていたんです。チョウ・ユンファでさえ“これが人の着る服か!?”と、撮影現場で叫んだ服ですよ。あの瞬間、本当にコン・リーはすごいと驚きました」
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